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细雨蒙蒙的三月中旬,桃李含苞待放、柳梢枝条初青,我和来自全国各地的同学们又一次走进在苏州太湖之滨举办的宏道流格花第八期学习班。宏道流发源于中国明代袁宏道的《瓶史》一书,历经八代家元弘扬,至今流传二百多年,一直保持这文人雅韵古风。
400多年前中国明代文人袁宏道在北京完成了他的一部关于插花的著作《瓶史》,深深影响了东方插花艺术,这本书也传播到日本,江户中期,日本花道名家望月义想创立了袁中郎流,之后改名为宏道流。经过八代的有序传承,宏道流已经在日本结出丰硕的成果。作为日本现有传统花道中保留下来最古老的三大流派之一,无论是插花的样式和插花的规矩都一直保持这传统要求。我从2024年第一次学习宏道流格花,转瞬两年多时间过去了,我也基本对宏道流的清操体这一花型,能基本掌握了。这个流派的插花能让人静下来,透过花材枝条之间,让三主枝表现出天地人的和谐平衡之感,虽然在插作过程要付出很多精力和耐心,但面对插好的作品那一瞬间,霎时间就会被花滋养灵魂。

这次学习的第一天是插木本植物,以白桃为主,桃花线条优美,但枝条脆嫩,稍不注意就会折断,每位同学都认真插作,全身精力集中。家元给新来学习的两位师姐传授宏道流格花的要点,上村老师时不时会走到每位同学座位后面指点。我已经连续三年插桃花,但对于用撒固定还不是很容易做到,也是费力一些力气才固定好主枝,白中透粉的桃花在古铜瓶中立住后恍然一棵桃花树出现在眼前,让人感受到春天的气息。
宏道流的插花有十体,这一次也学习了用柏插作的“重荫体”,和“清操体”不同,“清操体”是宏道流格花的基本花型,其他九体都是在清操体的基础上形成的,“重荫体”顾名思义,它是表现夏日树木繁盛的景象,在细节上要求的更多。
柏枝也很脆,很容易折断,我也是小心翼翼弯曲手里的枝干,生怕扭断,但越怕什么就会越遇到什么,折断几枝柏后,我终于把枝条弄成理想的线条,却面临柏枝固定在瓶里的问题,柏的枝条圆滑,很不好固定,弄了几次我就有点急躁,而上村先生在看到我的状态后,让我不要急躁,老人家走到我身边接过枝条告诉我要轻轻放,而不是硬来。说也奇怪,在我手里不听话的枝条在上村老师手里就像一个乖孩子,他用几枝组成“重荫体”的花型,这时候家元走到讲台前,再一次讲述了重荫体的表现特点。每一次学习都是这样,老师认真传授,而每一位同学都在认真学习。

古典插花和现代插花不同,现代插花讲的更多是造型、色彩等。而古典插花讲究意境,宏道流的插花除了意境还要追求文人风骨,更倾心于对自然美的追求,注重表现自然和花草树木的生命力,而不是强硬的将花插于容器之内。我还记得上村先生和我讲过:‘’插花是轻轻的将“花”放上去,而不是硬性的插。”这句话对我影响我很大。
老子在《道德经》中有云:“人法地,地法天,天法道,道法自然”。讲究天地人三者合一,追求自然之美是古典插花艺术体系的核心,宏道流的插花选材来源于自然,作品也要回归于自然,宏道流插花就是将三大主枝比拟为“天、地、人”,通过比例、角度来体现出三者的和谐稳定,并体现出“无为”的状态。
“无为”首先是要“有为”,这就要求插花者在“穷理”的基础之上突破客观植物带来的一些不容易做到的地方,包括插花的核心材料:花卉,其植物学形态、生理环境特征,以及自然环境和季节变换下的变化规律,甚至是在地理气候、生态群落的空间位置等;其次对于插花的展现空间体现出的人文文化,包括花卉的人文象征,在插花人手里把想表达的内容通过选择、搭配、修剪等具体方式,在特定的空间、时间上呈现出来。
道家美学思想主张 “见素抱朴”,即抱朴守真,去除繁华的外表,见内在之纯净,通过“绝巧弃利”而“复归于朴”,回归朴素、朴真、朴实的审美理想, “朴”是“自然”的外在表现,宏道流的插花要回归植物生命本身,以典稚、朴实、生趣为要,忌花色繁多、刺眼粗俗、勿太大或太小、勿形色繁褥;以简明、实用、美观合乎自然本性为原则。忌重装饰、花俏、人工、夸张等风格。将纯真的“朴”,通过外形的塑造融入花的内在之中。正如袁宏道在《瓶史》所言:“插花不可太繁,亦不可太瘦。多不过二种三种,高低疏密,如画苑布置方妙。”
在本次的学习中我最爱的花材就是小手球,白色的小手球是那种很能让人“震撼”的植物,它的花量超级大,到了花期,基本整个枝条上都布满花苞,每根枝条就是一串花朵,密密麻麻,轻轻松松变成一片“花海”,极为壮观,花期是每年的春季,一次开花能持续个把月时间。小手球,也叫小手鞠,绣线菊的一个园艺品种,虽名字带菊,但和菊没关系,属于蔷薇科绣线菊属灌木植物,和月季、木香花有亲缘关系。它的植株形态飘逸,而插好并不是件容易的事。家元告诉我们在宏道流的生花格花里要插成如喷泉一样。

插花的好看与否是直观的,而植物的内象需体现出“气韵”,需要细细品味,宏道流的格花之美我觉得不单单是形式美,而是通过花材的外形来展现花木的本质和生命感。插花者也将生命之力量注入花中,又用花木将生命之美展现出来。更通过花草的线条彰显出文人的气韵来。
宏道流的插花和其他流派最不同的地方是插花为自己所插,让自己内心纯真之美得到绽放。恰如王阳明所言:“你来看此花时,则此花颜色一时明白起来,便知此花不在你的心外。”
短短五天的课程很快就过去了,我又一次汲取了宏道流花道的精神食粮,当双手拗弄枝条时,人是专注的。当花材在瓶中立于撒中之时,心情是兴奋的。当把三主枝和其他役枝插完后,一树春花呈现在眼前,双眼感受着花木之美,此时的内心是丰盛的,是感恩的,感恩自然的赐予,感恩草木的陪伴,感恩宏道流家元和上村先生的辛苦传授,期待下一次与宏道流相逢,体验更美的插花之行。
宏道流を学び、文人花の美を体験する
三月中旬、小雨に煙る江南では、桃や李の蕾がふくらみ、柳の枝には淡い緑が芽吹き始めていました。私は全国から集まった仲間たちとともに、再び蘇州・太湖のほとりで開催された宏道流格花第八期の学習会に参加いたしました。
宏道流は、中国明代の袁宏道先生の著された『瓶史』を源流とし、八代にわたり家元によって受け継がれてきた花道です。二百数十年の長きにわたり、文人花の精神と雅趣を守り続けていることに、学ぶたび深い感銘を受けます。
四百年以上前、袁宏道先生は北京において『瓶史』を著し、その思想は海を渡って日本へ伝わりました。やがて江戸時代中期、初代家元・望月義想先生によって「袁中郎流」が創流され、後に宏道流と改称されました。現在に至るまで八代にわたり受け継がれ、今日もなお伝統の花形や作法が大切に守られています。
私が初めて宏道流格花を学んだのは2024年でした。振り返れば二年余りの歳月が流れ、その間に基本花型である清操体を少しずつ理解できるようになりました。
宏道流の花をいけていると、不思議と心が静まります。三本の主枝によって表現される「天・地・人」の調和は、単なる構成ではなく、自分自身の心を整える営みのようにも感じられます。花材と向き合う時間には集中力と忍耐が求められますが、作品が完成した瞬間、花の持つ生命の力によって心が癒やされるのを感じます。
今回最初に取り組んだのは白桃でした。桃の枝は美しい線を持ちながら非常に繊細で、少し力加減を誤るだけで折れてしまいます。受講生一人ひとりが真剣な表情で花材と向き合う姿がとても印象的でした。
家元は新しく参加されたお二人の姉弟子に丁寧に格花の基本を伝えられ、上村先生は教室を巡りながら一人ひとりに細やかなご指導をしてくださいました。
私自身も三年連続で桃をいけていますが、「撒」による固定には今なお苦労しています。それでも古銅の花器に立ち上がる桃花を眺めると、まるで春の野に立つ一本の桃の木を見ているようで、自然の息吹を深く感じました。
今回学んだ重蔭体も大変印象に残っています。清操体が宏道流格花の基本であるのに対し、重蔭体は夏の樹木の繁茂した姿を表現する花型であり、より高度な理解が求められます。
伊吹の枝は折れやすく、私は何度も失敗を重ねました。ようやく理想の線が出せたと思えば、今度は固定がうまくいきません。焦る気持ちが募るばかりでした。そんな時、上村先生が「焦ってはいけません」と優しく声を掛けてくださいました。そして、「無理に挿すのではなく、そっと置くのですよ」と教えてくださいました。先生の手に渡った枝は、先ほどまで私を困らせていたことが嘘のように自然な姿で収まり、見事な重蔭体へと姿を変えました。私はその時、技術だけではなく、花材への向き合い方そのものを教えていただいたように感じました。
家元が壇上から重蔭体の精神と表現を丁寧に解説される姿を拝見しながら、毎回変わることなく真摯に教えてくださる先生方のご尽力に深い感謝の気持ちを抱きました。
宏道流の魅力は、単なる造形美に留まらないところにあります。

現代のいけばなが形や色彩を重視するのに対し、宏道流は花木が持つ生命力や気韻、そして文人としての精神を表現することを大切にしています。
老子の『道徳経』にある「人は地に法り、地は天に法り、天は道に法り、道は自然に法る」という言葉の通り、宏道流は自然への敬意を根本に据えています。花材は自然からいただいたものであり、作品もまた自然へ帰っていくものです。天・地・人の三主枝によって調和を表現する宏道流の花には、人と自然が共に生きるという思想が息づいているように思います。
今回、私が最も心惹かれた花材は小手毬でした。無数の白い花が咲き連なるその姿は圧巻でありながら、どこか清らかで気品があります。しかし、その美しさを格花として表現することは容易ではありません。
家元は、「噴水のように挿すのです」と教えてくださいました。その言葉によって、小手毬が本来持つ生命の躍動感と流れを表現することの大切さを学びました。

私は宏道流格花の美しさとは、形だけの美ではなく、花材の奥にある生命の本質を表現することにあると思います。そして花をいける者自身もまた、その生命に触れることで自らの心を磨いていくのだと感じています。
王陽明の「汝この花を見れば、この花の色は一時に明白になる」という言葉があります。宏道流の花もまた、自分自身の心と向き合うための道なのかもしれません。
五日間の学習はあっという間に過ぎ去りました。しかし今回もまた、花を通じて多くの学びと気づきをいただきました。枝を曲げ、花材と向き合っている時、人は自然と無心になります。そして作品が完成した瞬間、目の前に現れる一景の春に心が満たされます。
自然の恵みへの感謝。草木への感謝。ともに学ぶ仲間への感謝。そして何より、家元と上村先生の温かく根気強いご指導への感謝。その思いを胸に、次回また宏道流の学びの場に戻り、さらに花と向き合える日を楽しみにしております。

2026年6月11日-6月15日,宏道流第9期格花班在苏州举行。上课地点:苏州太湖假日酒店(苏州市吴中区孙武路2017号)
第10期格花班26年10月13日-19日继续在苏州举办,欢迎报名,联系电话:021-54255701